気が狂うほどの淋しさと闘いながらも生きる。

   

ハローワークの職業訓練で介護士初任者研修終了の資格を取った。

あの頃は、介護士という仕事にきらきらとしたものがあって、何もかもが目新しかった。

「自分の親を見る様に寄り添いたい」

わたしが持っている自分なりの介護の核みたいなものだ。

最前線で働いて半年、それは今も変わっていない。

 

勤めている施設はショートステイという短期入所の介護施設だ。

特養やサービス付き高齢者住宅のような、いわゆる終の棲家的な要素はない。

短ければ1泊から長くてもひと月の利用になる。

自宅と施設を行ったり来たりというリピーターさんもいる。

 

入所中は、時々家族が面会に来たりするのが普通だが、中にはまるまるひと月面会ゼロというケースもある。

それぞれが色んな事情を抱えているのは当たり前だ。

ここで何日か過ごせば、また家に帰れるのにそれが逆に辛いのだろう。

入所しているお年寄りにしてみれば、邪魔者感はどうしてもあるようで、

哀しく切ない気持ちになるのは容易に想像できる。

 

お年よりは自分はやっかいもので手がかかると思っている人も居る。

だから普段は気持ちを抑え我慢している部分が多いのだろう。

それでも、ちょっとした拍子に感情が爆発したりは珍しくない。

お金をだして、衣食住を整えられ介護というサービスを受ける。

外面的には万全だ。

しかし、みんな一様に自分の家に帰りたいし家族と一緒にいたいと訴える。

 

先日の事だった。

普段は静かにリビングに座り、気の会う人とのおしゃべりを楽しんだり、

スタッフと他愛無い四方山話に花を咲かせている一人の方。

女性だ。

「どうして息子は会いにこないのか」

「あなた帰るんだったら一緒に連れて行って」

「もう頭がどうにかなりそうだ」

と泣きじゃくる。

何日も前から家族に連絡を取って欲しいと訴えているが、それがなかなか叶えられない。

聴いているうちに、あろう事か涙が出てしまった。

一緒に話を聴いていた他のお年寄りを巻き込んで、

声を詰まらせあわてて目をそらせ鼻をすするというお粗末さ。

 

わたしは、感情に左右されやすい。

人の感情の起伏に同調して上がったり下がったりのメンタルの弱さを、

特に現場では見せてはいけないはずなのに・・・

心の奥では泣いていても鋼のような力強さで傾聴し支えなければいけない。

それが出来なかった。

 

どんよりとした気持ちを引きずって帰宅し、

いつまでも晴れない気持ちの重たさを今だにもてあましている。

 

誰しもいずれは年を取っていく。

どういう形で年を取っていくかは神様しか知らない。

気が狂うほどの淋しさと戦いながら生きていかなければいけないかもしれない。

わたしはどんな年の取り方をするのだろうか。

息子や娘達に老後は見てもらいたいという気持ちは爪の欠片ほどもない。

夫と二人三脚でという気持ちだけだが、どちらかが先にいくのも間違いない。

 

強く、強くなりたい。

ならなければ。

衰えていく身体をひとまとめにぎゅうと握り締められるぐらい頑丈な心が欲しい。

どうすれば得られる?

わからない。

 

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