パーティなら壁の花?

   

昨年の10月は無職だった。

田舎町に住んでおり職は限られていた。

求職活動に行き詰まりハローワークへ行った。

そこで介護職の研修講座を薦められ、

11月から約3ヶ月勉強し介護職初任者研修終了資格者となった。

就職を機に引越し、今に至っている。

 

50代半ばでの再就職を模索している時期、生活がかかっていた。

介護業界は引く手あまたで職場には困らない。

そんな現実と向き合いながらこの世界に飛ぶこむのになんの躊躇もなかった。

 

父親を看取り母親の介護を経て、弟夫婦が同居を機に関西に戻った。

自分で直接両親と関わっている時は、一生懸命だったつもりでも、

また島をはなれれば、してやれなかったことばかりが思い出された。

そんな気持ちもわたしを介護の世界にいざなったのだろう。

自分の親に寄り添うような気持ちでお年寄りに接したい。

根っこにはこれがあった。

 

だから、お年寄りに対しては多少のわがままは聞いてやりたいし、

頻回にコールがあってもすぐに跳んでいきたい。

ショートスティと言っても集団生活の中、そういう接し方はやってられないらしい。

現場に入れば理想ばかりを言えないのもわかっているつもりだったが・・・

 

 

遠まわしに甘いと言われる。

過保護とも。

 

法律を守った人員配置内で転倒等の事故が起こっても致し方ない。

それはそうかもしれないけれど、

施設介護には限界があるのかもしれないけれど、

「こけてもいい」

そういい切るわりきり方には納得がいかなかった。

それがベテランと評価されている介護士だったり管理職だったりすると、

この事業所で働く意義が遠のいていくのを感じた。

 

わたしには介護士としての技術力も能力も、

周りを引っ張っていくリーダーとしての力強さもない。

それどころか思ったことを自由に的確に伝える普通レベルの話術すらない。

パーティなら壁の花ならぬ咲かない蕾か、

スポーツ選手だとしたら控えの控え。

居るのか居ないのかどうでもいい存在だと自分でも思いたくないが

実際にそうなのだからそれはそれで仕方ない。

そんなわたしが、いっぱしの介護論をぶちまけても何の説得力もない。

 

こういう環境でどうやって自分の立ち居地を確保し馴染んで行くか。

ベテラン介護士の豊富な知識と経験値にどうやって追いついていけばいいのか。

鈍くなった脳細胞とヘロヘロの体力で・・・

それともこのまま上から目線の指示にただ従っていけば楽でいいのか。

 

いっそ、辞めてしまう?

 

「無理するなよ」

家族の言葉はわたしの身体を気遣う神の言葉か、

それとも悪魔の誘惑か。

 

わたしの頭の端っこが、

自分自身の判断の先を読んでみようかと冷めた視線を向けている気がした。

 

 

 

 

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