空白の時間

   

モノをだして必要なモノとそうでないものを分別し埃をはらい、掃除をする。
新たな場所に仕舞い込み処分できるものは潔く捨てる。
 
散らからない家にしたい。
掃除しやすい家にしたい。
思い出は丸ごと残しておきたい。
 
あれもこれも欲しいほしいのわたしだから悪戦苦闘している。
それでも、無職の底力はあなどれない、
家中丸ごと片付けも後半戦に入っている。
 
作業員は基本自分一人だ。
一日の作業時間にすれば8時時間勤務し、
残業は何時間になるだろうかのレベルにまで到達しているのではないかと思う。
 
大型家具の移動は大変だけど、
中身を全部出したり分解したり、滑りやすいものを家具の下に挟み込んだり・・・
あの手この手で何とかなっている。
 
スチール製のパソコンデスクを二階に持ってあがった。
重いしかさばるし、どうしよう。
迷った。
でもいけそうだ・・・で階段を慎重に上り始めたところまではよかった。
ところが、階段のコーナーで上手く曲がれずにひっかかり動けなくなった。
手を離せば階段から落ちる。
下手すれば、一緒に転がるかもしれない。
誰もいないし・・・一瞬血の気が引きそのまま固まった。
 
ああやっぱり無理するんじゃなかった。
手を離せばわたしは無傷で済むが、家の壁や階段は痛恨の痛手を負うのは間違いない。
 
考えて考えて、深呼吸してもう一度力を入れて・・・
やっと、やっと動き持ち上がり階段を上がりきった。
やれやれ、びっくりしたわ。
 
エベレストの登山にたとえては申し訳ないが、
山の頂を制覇した時は、
こんな気分に近いのではなかろうかと勝手に想像した。
そして、大きな荷物を持っての階段あがりは大丈夫だと思っても
決して実行してはいけないと幼稚園児以下の学習能力を得た今更のわたしだ。
ほんとに階段が悪魔に代わるのだと思った。
 
 
安物の家具ばかりなので、20年、やそれ以上のものもある。
引き出しの外れた整理たんす、本棚代わりに使っていた大型の食器棚、頂き物の鏡台。
あちこちにシールがペタペタ貼られたり剥がし後が黒くなっていたり・・・
処分する事にした。
 
結婚して家族となって暮らしてきた30数年の歴史は、
そこらへんで転がっている鉛筆の1本や、
それこそ紙くずかと思われるノートの切れ端にも、くっきりと刻まれているもの。
それは、母親として家族に関わってきたわたしの歴史でも有るのだけれど・・・・
 
時々、というかかなり頻繁に、
これはいつ何処で誰が使っていたのか。
またどんな経緯でここにあるのかとわからないものが出てくる。
それは娘達の普段着だったりよそ行きだったり、パーティ用のであったり・・・
旅行のパンフレットや高価な岩石のコレクションなんかも。
 
それらを片付けながら、
この家にわたしが生活していなかった時間があった事実を突きつけられる。
わたしが失ってしまった時間、失わせてしまった時間、
子供達は何を考え悩み笑って生活していたのか。
悩んでも後悔してもどうしようもない時間だけど、
負い目というか責められている感覚は、いつまでも消せないものなのだと思った。
 
今出来る事は、たまに娘達が帰ってきたときに暖かいご飯を用意し、
清潔な寝具で寝かせてやることだけかもしれない。
 
もとい、訂正!
今はそれが出来るではないか。
 
玄関前で春のパンジーが一段とあでやか。
あなたの季節だね。
 
 
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