日々の小さな徒然を書き留めています。

井の中の蛙に見えるもの

 
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梅が咲き、桜草が開き、チューリップの蕾が葉っぱの奥の方に見え始めている。
春は、おおいばりで闊歩しているのに、
朝方寒くてガスストーブのスイッチを入れた。
 
もう仕舞おうかと話していたのはほんの数日前だった。
そういえば一番上の子の中学校の卒業式の日は雪が降ったな。
15年以上も前の出来事を思い出しその話をする。
 
「花冷えだね」
夫がさりげなく、ひらっとした言葉を発した。
 
花冷え・・・
綺麗な日本語だなあと思う。
文字にするとたった3個なのに、
その中に、春の彩と冬の名残が幾重にも折り重なっている様子が目に浮かぶ。
 
しかし、この人
「言葉はただの記号で真実は発した途端にもうそこにはない」
と訳のわからない事をいうわりには意外に詩人なのだ。
 
その昔、まだ初々しい頃
ふたりで海に行った。
海水浴ではない。
わたしは泳げない。
 
水の中でどうして人間が浮いて前に進めるのか不思議でたまらない。
大空を何百トンの鉄の塊の飛べる理屈がわからないのと、同じぐらい疑問に思っている。
飛行機の恩恵に、どれだけあずかっているのだといわれても、
それとこれとは全く関係ないで済ませる。
 
ライト兄弟のすごさは別格だと賞賛し、
宇宙ステーションに半年単位で滞在できる技術力と、
未知なる世界への探求心にはひれ伏す術は心得ていても、
体は想像するだけで無重力の酸素不足と相まって息苦しくなる。
 
 
でも、四季折々の海は大好きだ。
そのままの空も好き。
わたしの無知さをすっぽりと覆い隠してしまい、ラララと眺めていられる。
それこそ、わたしの都合などなんの問題にもならないぐらい、
何もかも包み込む果てしなく大きなな風呂敷のような気がしてくる。
 
話がそれてしまったが、そう場所は海。
どういう流れでそんな話に及んだか定かでないが、彼が言った。
「目は二つ、耳も二つあって、でも口は一つしかない。どうしてだかわかる?」
「はて?」
知るわけ有りません。
「物事はね、ふたつの目でよく観て、ふたつの耳でよく聴いていれば言葉は要らない」
23歳のわたしは、あの「1+1=2」と同じぐらい絶対的な正解に感動した。
 
今だったら、「ふ~~ん」
とかいって、より目なんかで含み笑いしそうだけど、
あの時は大真面目で聴いていた。
 
 
それにしても、「花冷え」ひとつで話が支離滅裂にとびまわる。
これでいいのかとキーボードを叩きながら思ったがどうしようもない。
恥ずかしながら、これが本日のブログ記事になるのだ。
 
 
 
 
わたしの今の世界はほんとに狭い。
昨日は、図書館に行きドラッグストアーに寄ってスーパーに行っただけ。
わんちゃんがマーキングコースをぐるぐる回っているのと全く同じだ。
でも、これでいいと思った。
マーキングの居心地の良さは、わんちゃんならみんな知っている。
 
その小さな世界がわたしの舞台なら、真ん中に立てるのは私以外にいない。
拍手を送ってくれる観客は、一人居ればいい。
 そんなことを思いながら、つつと自転車を走らせた。
 
自転車の前カゴには、図書館で借りた2冊の本と、
半額処分されたチョコ2箱がカタカタと音を立てていた。
 
 
 
 
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