ささやかなエールを

   

わたしと夫は、お互いに再婚同士という50代後半の夫婦だ。
もっとも初婚も再婚も同じ相手という、色々あっての笑えない話のおまけつきだが。
 
4人の子はそれぞれ独立し、
親の世話にならなくてもそれなりの生活を、自分達で確立するようになった。
 
わたし達は、まもなくやってくる定年後の生活設計やかかる費用などについては、
真面目に考えなくてはいけない時期だね。の話をよくする。
 
今後、何か起こっても何かが起こらなくても、基本二人で暮らしていくつもり。
 
息子の嫁も居て娘も3人いるが、将来子供達の世話になろうとは決して思っていない。
下手にあてにしたりすると、案外満たされずに哀しい結末になったりしそうな気がするのだ。
期待しなければ逆にちょっとしたことが嬉しいもの。
特にわたしだから、そんな事を強く感じるのかもしれない。
 
 
例えば寝たきり状態になってしまった時どうするか。
夫がそうなったら、わたしが全力で介護する覚悟は出来ている。
これはあたりまえだ。
 
わたしは夫を見送ってから死のうと思っている。
あの世に行く順番も決めてあり、神様にいつもお願いしている。
予定では、何年間は自分ひとりの生活が待っているはずだ。
 
そうなったら、介護保険をフル稼働して自宅で暮らそうと思っている。
訪問診療に訪問看護、訪問介護に訪問入浴、宅配の食事サービスとか色々。
とことん福祉の恩恵に与るつもりだ。
今は、一人で自宅で暮らしていく為のかなりのサービスが用意されている。
ある程度の判断能力があれば、出来ることだと思っている。
 
実際にそれに近い生活をしている人を間近で見た。
 
国も今後は在宅介護へ比重を置き始めているのは、介護研修の時に嫌というほど教わった。
地域密着型とか在宅型とかこれからもっと充実してくるだろう。
 
一人で暮らすと
誰にも看取られずに息絶えるかもしれないけれど、それも想定内だ。
 
 
最後はみんな一人だ。
死ぬ瞬間に誰かが傍に居たからと行って、一緒に連れて行けるものでもないしね。
 
 
認知症になって徘徊して危なくなったら、
迷うことなく施設に入れてくれと子らには頼んである。
 
 
 
しかしながらこの福祉行政というものかなりの曲者で、
自身で申告しないといかなるものでも使いこなせない。
損得ではないけれど知らないと損をするばかりだ。
 
国はサービスの告知はするけれども、
福祉事務所やなんかにぽんと掲示して、
告知しましたということもあったりするから油断ならない。
 
 
 
だからね。
知りたいと思う事があるならば、知ることには貪欲になりたい。
必要ならインターネットという便利なツールもあるし、
知っている人に教えてもらうのもいい
 
すぐに頭に入らなくても、実際まったくピントずれまくりで入らないけど、
いつかああ~そういうことね。
とピンピンとくるものっていくらでもある。
というかわたしはそんなんばっかりだけど。
ブログを書いていて、
正体をさらけ出す失態をなんどもしでかして、その度に号泣してた。
 
大体世の中、頭のいい人多すぎ。
もう付いていけないし、知らないことばかり。
というか知らなくていいこともうんざりするほどあるのも確か。
 
だけど自分の頭の中をこっそり覗いてみれば、
ちっこいテーブルが丸くぽんとあるだけのいじらしさよ。
あら、あなたこれでよく生きてられるねって、
その小さいテーブルをつんつんとつついて意地悪言ってみても、
やっぱり愛しい我が脳細胞がそれでいいと、しらっと言うの。
 
 
一花咲かせようとかの野望はないからもう。
 
鉢植えのこの花はいつ咲くのかなあとか、この野菜は光足りているかなあとか、
身軽にあの世に行くには、今どうするかなとかそんなことばっかり考えている。
 
でもって、家族の迷惑ならないようにしようとか単純なことのみ。
ため息つきつつね。
でも、それがいいの。
 
実は、昨夜、年金の事を考えていて、今朝は老後の生活の事を考えていて、
ピザハットのエイプリルフールの記事の事を考えていたら、
頭の中が、全自動洗濯機並みにぐちゃぐちゃ。
洗ったりすすいだり絞ったり・・・・
いつのまにかとんでもないことを書いてしまっている。
こんな感じに。
 
入り口と出口が全く違うじゃないのね。
話しにならない。
 
結論、わたしも普通以下のおばさんだ。
 
でも、それで沢山癒されているわたしも居る。
ほんとに。
 
 
 
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