ものを処分する苦しさ

   

ミニトマトが可愛い一番花を開いた。
夏に向けベランダ菜園が徐々に華やかになっていく。
 
義母家から持ち帰ったねぎや球根類を植えるために、
ホームセンターで赤玉土と腐葉土を購入。
 
自転車の前カゴと荷台にくくりつけ、ふらふらと危ない運転裁きで持って帰った。
ほんとに、わたしの自転車は役に立つもんだとありがたさ花まる。
 
 
早速、ねぎとヒヤシンスと思われる球根を植えた。
 
 
名の知れない球根類はたまねぎを剥くように皮を剥き、
明らかにスカスカ以外の少しでも
手ごたえのあるものを選んで丸鉢に植えた。
 
 
 
よさそうなものだけに絞ってきたつもりだが、かなりのものが駄目だった。
ゆりは、多少は芽が残っているのあったのでそれも土に植えた。
 
ここで夏越しをし、運がよければ来年復活するかもしれない。
頑張れよ。
所せましのベランダを眺め願掛けした。
 
 
作業を一通り終えてふと思った。
こういった作業も遺品整理というのだろうか。
たまたまわたしが植物に執着しているだけなんだろうか。
 
 
義母の家の物は、娘がそこに引っ越す時に2トントラック2台分処分している。
 
それでも、和ダンス一さお分の着物やよそ行きの服などは、
残したまま一部屋を占領している。
義母が普段寝起きしていた部屋も、いまだに手付かずになっている。
 
 
これからどこまで手をつけていいのかわからないというのが正直なところだ。
 
ものの分別作業はほんとに苦しいものだと改めて思う。
それが出戻り嫁のわたしの立場ではなおさら・・・
 
 
「処分する」
ひとことで言えば簡単だけど、誰かが仕舞ってあるものを取り出し
捨てる決断をすることの苦しさは、実際にやってみないとわからない。
 
また、元に戻し取っておくほうがよっぽど簡単だし、情があるように思えやしないか。
などと無駄に色々思う。
 
義実家に限らず我が家の片付けも同じようなものだ。
 
生きていく為に必要なものの少なさに唖然としながら、
十二単の衣装のごとく、身体にまとっているものを脱ぎ捨て丸裸になって、
最後にのこる貧しい心をさらけ出す不安に、おののいているだけかもしれない。
 
 
 
 
 
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