日々の小さな徒然を書き留めています。

少しの揺れが怖い

 
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震度6弱の地震から一夜明けた。

曇り空で今にも泣きそうな空だ。

 

地震のその時、一人で家に居た。

激しい揺れと同時にあちこちでガシャンガタンと音がした。

日常の生活の中では決して耳にすることの無い音は、不気味で怖い。

幸いに家具が倒れたりの被害はなかったが、

30秒ほどの揺れはなんともスローで延々と続きそうな恐怖感があった。

 

 

揺れが収まり、夫や息子から連絡があった。

お互いの無事を確認し、わたしは、娘達へ連絡。

長女へは、2度目に携帯がつながった。

次女はシフト勤務の為、この時間帯は仕事中だから一人ではない。

誰かが傍にいると思うと安心感も違う。

問題は、末娘だ。

微妙は時間帯で出勤途中だった可能性があった。

焦って、何回も発信し、ラインを送り・・・それでも携帯は繋がらなかった。

 

そうしているうちに田舎の姉達から着信が入った。

でもなぜがワンコールですぐ切れ、こちらからかけなおしても全く繋がらなかった。

無反応でぶちっと切れてしまう。

なぜだ・・・・

ここまで来てようやく回線がパンク状態にあるのだと気が付いた。

末娘のスマホに繋がらないのは当たり前なんだと少しホッとした。

 

地震速報を伝えるテレビの画面からは、

当初はそんなに緊迫した様子はなく道路を歩く人も車も特に普通に見えた。

このまま大きな被害が出ないようにと祈るばかりだった。

 

しかし、大都市での震度6弱がそんなに生優しいものであるわけがなく、

時間が経つにつれて、悲惨な現場や交通の麻痺に翻弄される人たちの波で、

画面が埋まっていった。

 

 

家の中にいるわたしはというと、

風で揺れるカーテンの僅かな動きが気になり、なんでもないギシリとする音に身構える。

記憶というのは時にふとしたきっかけで呼び起こされるものなのだろうか。

それとも、

身を守る本能と能力が年々劣っていき、僅かな危険度にも大げさに反応していまうのか。

「怖い」という感情が自分のものではないような気がした。

 

夜、

夫から帰るコールが入った。

緊急配備で泊り込みになるかもしれないといっていただけに、帰ってこれるのは嬉しかった。

だが、交通は相変わらずマヒ状態が続き、

最寄り駅には程遠く、いつもは全く使わない路線を乗り継いでの帰宅だ。

駅を降りても徒歩40分以上はかかる。

車があれば迎えにもいけただろうが、あいにくマイカー無し、

あってもペーパーだから運転できるわけないし・・・・

 

そこで、自転車で「ひまわり2号」でびゅんと走った。

髪の毛をひっつめたまま、夜なのに半そでと勇ましい格好だった。

午後10時過ぎの夜道を若くない二人乗りでふらふらしながら帰り、

遅い夕食を摂った。

 

 

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