日々の小さな徒然を書き留めています。

老いる哀しみ

2017/03/18
 
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人は生まれたら生きていく。

与えられた運命か、切り開く運命か、どっちにしても日々生きていく。

言葉にすれば、簡単明瞭ですっきりしたものだ。

 

日本国憲法には、人は法の上では平等であり

人権は等しく尊重されなければいけないと記されている。

 

人の数だけ人生模様があって、

それが決して平等でない事はわたしの年齢になれば誰でもわかることだ。

ただ時間というもの、

一日は24時間、一ヶ月は30日、地球は一年かけて太陽をぐるりと一周する。

それが唯一、皆に平等に与えられたものだと言う。

 

誰もが生まれた瞬間から死に向かって生きていくもので、

なら、死を恐れることはないかもしれない。

だけど、その過程で年を取り老いていく。

考え出すと同じ場所をぐるぐる回る迷路の中に入り込み、

なかなかでられない実験ねずみになったような気分ですっきりしない。

 

目の前にいる年老いた母親。

一週間の予定で滞在しているわたしが島を出る日を、毎日数えている。

「あさってか」

「あしたか・・・」

という具合に。

 

昨夜のこと、就寝準備でおむつにしたり着替えたりを手伝っていると

突然、おいおい泣き出してしまった。

わたしがいなくなったら、どうすればいいのかと・・・。

「弟や姉ちゃん達がいるから大丈夫だよ」と言っても、

追いすがるような目でわたしを見る。

いつも母親の世話をしてくれるお嫁さんが不在なのも、不安を余計に感じているのだろう。

 

自分の自由にならない身体、誰かの助けを借りなければ生活できないものの苦しみや辛さ。

母はそれに「老いる」というのがプラスされている。

不安がるなというのが無理な話だ。

哀しい。

 

身体の不自由さもなく自立して生活しているようでも、

人ってひとりだけで存在しているわけではない。

みんな誰かの手を借りて生きているし必ずどこかと誰かと繋がっている。

目に見えるものであったり、目に見えないものであったり。

気が付かずに支えあって生きている気がする。

 

だからなんなんだという話ではなくて、

 「みんなが守っているから」

そう伝えたかった。

目の前の母親に説明したかったが言葉につまった。

 

おむつを替えながら、

「大丈夫だよ」

「母ちゃん頑張ろうね。」

何を頑張れというのかよくわからないけれど、

「わたしもがんばるから」

と声にならない言葉をなんども頭の中で繰り返していた。

 

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