超えられない時の重さ

   

久しぶりに田舎の母親に電話をかけた。

母親の携帯は10回コール後自動的に留守電に切り替わる。

1回目、でない。留守電へ。

2回目、でない。また留守電に繋がる。

 

おかしい。

なにかあったのだろうか。

昨日は土曜日で家にいるはずだ。

こんな時、駆け巡るのは悪いことばかりだと相場は決まっている単純なわたしの頭の中。自分の忙しさにかまけて無沙汰を後悔した。

10分後、もう一度、応答なし。

弟に連絡した。つながらない。

13分後母親から電話が入った。

トイレだったという。

よかった。ただよかった。

15分の間の出来事なのに1時間も2時間も経っていたような気がした。

 

実家は少しとらぶっていたようで、その件で母親はまくし立てるように話し始めた。

「お前はどう思うか?」

と質問まで投げかけてくる。

電話が繋がらない間の緊張から開放されたわたしは、誰がいいとか悪いとかその全てがどうでもよくなっていた。

ふんふんとあいづちをうちながらも、

「こんなに流暢に話が出来るなんて大したものだ」

と母親には申し訳ないが別の事を考えていた。

 

「お母ちゃんが穏やかに暮らせるのが一番いいからそれが正しいと思うよ」

自分でもおかしいなと思うほど答えになっていない返事をしたが、母親は満足したようで

「ありがとう」と言った。

 

母の世話をしていた頃は小さな出来事にぐずぐずと振り回された。

夜な夜な姉に愚痴ることもあった。

「元気でいてくれるのがなにより」

それは何者にも勝るものなのだというのをようやく実感できたのかもしれない。

 

みんな老いる。

誰でも老いる。

順番だ。

その年齢にならなければわからない事は山ほどある。

母親の年齢に達するにはわたしは後30数年の時を必要とする。

半端な時間ではない。

傍目には支離滅裂な話や理解しがたい話でも「時の重さ」で振り返れば、

そこには絶対に超えられない何かが存在しているような気がしてくるから不思議だ。

 

今日は、日曜日。

恒例のシフォンケーキを焼こう。

バナナがないから、

先週末なんば花月でもらった青りんごをすりおろしていれてみようか。

 

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