ショッキングピンクの花燃える

4泊5日の滞在日最終。

朝、母親の身支度の世話をしようとベットに行った。

うちの母は夜はおむつをする。

尿意が鈍っているわけではないが、夜中に介助者の手を煩わせるのが嫌だという。

わたしは介護施設で働き重度者の介護一年の経験がある。

それに母親が自由に体を左右に動かせるので、

おむつ交換はなんのことなくさっさと終わらせられる。

 

いつものように交換体制を取るとおもむろに母は両手を伸ばし、わたしを抱きしめた。

そして「今度はいつ会えるかな」

といいながらおいおいと泣き出したのだ。

誰がおばばのおしめを代えてくれるのかとも。

 

・・・・・

父親が亡くなり母親が一人になったのを機に同居した弟夫婦だが、

実は、お嫁さんが介護疲れから家を出てしまっていたのだ。

その後は、近くに住む姉と弟が母の面倒をしてくれていた。

その事が母の今の憂い事になっている。

大丈夫だよ。

姉ちゃんが看てくれるからといいながらもやはりみんなが心配している。

 

「わたしが前みたいに一緒に暮らす?」

思い悩んでそう切り出したところ・・・

「うん」と軽くうなづいたもののすぐに

「○○(夫の名前)はどうする?」と言った。

「あの人のことだから、その辺は理解してくれるよ。きっと」

と答えると

「いやあ、だめだよ。夫婦は一緒に暮らさないといけないよ」

と過去に色々あったわたしたち夫婦の事を案じ、涙声転じて諭すようにそう言った。

 

その日は、母をディサービスに送り出し空港に向う予定になっていた。

母とは、朝食後にはさよならだった。

「またね」とバイバイし、「○○と仲良くね」何度も言われた。

「大丈夫だから、仲良しだよ。喧嘩なんかしたことないよ」

全くもう気になるのはそれかいと少々憮然としながらも、

あの一件が母にどれほどの深い悲しみを負わせていたのかと

今更ながら思い知ったのだった。

 

今年86歳の母親。

頭はしっかりとしているが両足不自由の車椅子。要介護4。

誰かの助け無しには生活がままならないいままに人生が続く。

老いていく母親に生を受けた子であるわたしは、これからどんなふうに関わって行くのだろうか。

どうしたら最善の方法がわかる?

後悔をしたくない。

だけど答えが見つからなかった。

 

後ろ髪を引かれる思いはあっても、

離れているからという最もな言い訳を自分の中でしながら島を後にした。

そんなわたしをこの紅色に燃える島の花は、何も言わずに笑っていた。

 

 

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