日々の小さなできごとを切り取って書き留めています。

夜さくらの記憶

 
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近所に猫の額ほどの小さな公園があります。

その公園にはすべり台と砂場あって、小さなベンチがひとつ。

そして、公園の大きさに不釣合いの立派なさくらの木が1本植えられています。

樹齢30年ぐらいになるのではないでしょうか。

 

夫いわく。

そのさくらの木はわしのものだそうです。

自分のものにしているといっても、特に誰かに向って所有権をアピールしているわけでもなく、

熱心に手入れを施しているわけもでもありません。

ただ、毎朝毎夕通りすぎるたびに挨拶しているだけのことだとわたしは思っています。

 

先週の土曜日は昼間自転車でさくらめぐりをしました。

夕方は、その公園で夜さくら見物でした。

昼も夜もさくらの花見とは、なんて贅沢なんだろうかと

こういう点では夫とわたしの価値観は100パーセント一致します。

 

スーパーでエビフライにシューマイとを買い、夫はビールわたしは缶酎ハイを片手に

暮れていく空の色と半比例するように白いさくらの花が浮き上がってくるのを見ました。

幻想的で心洗われる感じがしました。

「さくらを見るとおふくろを思い出す」

夫がぽつりと言いました。

二年前に他界した義母と夫は、妻のわたしがやきもちを妬くぐらい仲のいい親子でした。

義母は、さくらの季節に花を眺めた息子に思い出してもらえる母親なんですね。

なんと羨ましいではありませんか。

息子なんてみんなマザコンなんだし、

かつてへその緒で繋がっていたのを思えば、

それだけでもう勝負あったの世界だわというのがわたしの持論です。

 

わたしも息子にそんな風に思い出してもらいたいかと尋ねられれば、どうなんでしょうか。

答えに窮します。

わたしの息子はわたしが死んでしまった後、夫のように母親を思い出す光景があるのかないのか・・・

う~ん、あんまり思い出して欲しくないかな。

さくらを見上げた夫の顔は淋しそうでした。

思い出して淋しくなる記憶はせつないです。

わたしは、苦しみながら息絶えた実父を思い出す度に胸が締め付けられます。

 

だから、自分がこの世に命がなくなっても誰も淋しがらないように、

わたしを知っている全ての人の記憶から消えてしまえたらいいなあと思ったりします。

馬鹿な考えですが・・・。

 

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