愛しさと切なさと現実と

近所に母親と二人暮らしのお宅がある。

20年前ここに引っ越してきた時に、何かと声をかけてくれ仲良くしてくれたおばあさんとその息子さんだ。

その頃は大きなワンちゃんがいて、毎日元気に散歩していた。

うちの子供達は、犬のおばあちゃんと呼んでいた。

そのうちに、その犬が老いて歩けなくなった。

しかし、外でしか排泄しないからと、台車に乗せて外に連れ出していた。

大型犬だったので、だっこする事ができなかったからだ。

老いた愛犬を大事に介護する姿が印象に残っている。

 

時は流れ、再びこの家に戻ってきたわたしに

「あんた、どこに行ってなさった?ひさしぶりやなあ」

と声を掛けてくれたそのおばあさん。

歯は欠け髪の毛は伸び放題で

まるで、人が違ったように老いているものの、しっかりした物言いにびっくりしたり安堵したり・・・。

 

しかし、そのうちに外で会うと、わたしに

「お母さんは元気にしとるか?」

と聞いてきたりしてきた。

最初は、わたしの田舎の母親の事を尋ねているのだろうと思っていたが、

そのうちに違うなって思うようになった。

わたしをわたしの娘とまちがえていて、消息を問うているのは私自身なんだと気がついたのだ。

それからは、おばあさんの質問に応じて、還暦前のわたしなのに、20代の娘になったり、

本人に戻ったりの切ないような会話を繰り返すようになった。

 

昨日の夕方、近所のスーパーに買い物に行った。

そのおばあさんが買い物カートに手を置いて、エレベーター前に並んでいた。

隣には息子さんが寄り添っていた。

「こんにちは」

と声をかけたが、

「あんた、誰?」という顔をされた。

傍のむすこさんにも会釈した。

時間にして、ものの数十秒・・・

いつまでも不思議そうに顔をしながらも、

にこにこしているおばあさんを乗せて、駐車場へと向かうエレベーターを見送った。

 

普段は、その息子さんは自転車で動いている。

車をだしたのは、おばあさんと一緒に買い物するためなんだなあと思った。

おそらく90を超えているそのおばあさんは、ディサービスに行っている様子はない。

足元おぼつかず、認知機能も年齢相当以上に危ういように思える。

そんな母親とずっと一緒に暮らすわたしの年齢よりも一回り年上の息子さん。

傍目にはわからない苦労が多々あるだろうが、おばあさんはしあわせそうににこにことしている。

時々、玄関周りの植木なんかを大事そうに眺めている姿を見る。

それが、またうちにも増して沢山の植木に囲まれている。

みずやりや植え替えは、息子さんの役割になっているようだ。

 

ただ100メートル先のお宅という以外に接点はなく、話すのもたまにであるが、

わたしも、あんなおばあさんになるのだろうなあと思ったりする。

歯が欠け、髪の毛ばあばあになって、それでも花とか野菜とか眺めていそうだ。

20年後、30年後のその時に、わたしのそばにいるのは誰なんだろうか。

夫であればいいなあと願う。

 

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