要介護4、介護される母の気持ち

母は、4年前の82歳の時に交通事故を起こした。

高齢者運転にありがちなブレーキとアクセルの踏み間違いが事故の原因だった。

急発進した車にパニックになり、街路樹にぶつかった。

家の目と鼻の先の場所でのできごとだった。

大変な事故ではあったが、

他に巻き込まれた人がいなかったのは、不幸中の幸いだと話し合った事を覚えている。

 

その事故で、母は頚椎と脊椎の数箇所を骨折し肺にも損傷を受けた。

一命は取り留めたものの島では治療ができる状態ではなく、

ドクターヘリで設備の整った街へ搬送された。

 

何度か手術を繰り返し、母は車椅子ながらも奇跡的に生還し今に至る。

命を繋いでくれた医療チームにどれだけ感謝したかしれない。

 

時を同じくして父親もガンを患い、わたしは両親の介護の為に実家に戻ったいきさつがある。

介護しながらも両親との葛藤、姉弟間のあつれきがなかったと言えばうそになる。

父が亡くなったのを機に、弟夫婦が母と同居し

わたしは、役目を終えたと自分の日常に戻ったのだ。

 

介護する人の大変さは身を持って知っているつもりでも、

まさかそのお嫁さんが家をでていくとは思ってもいなかった。

しばらく休んだらまた戻ってくるであろうと楽観していたが、

それが一年以上も続いているのだから皆が心配になってくる。

当の母親は、自分が原因だと思わずにはいられないし・・・

まあ、そうなのだけど。

 

母にしてみれば、自分で起こした事故で車椅子になってしまい、

家族に迷惑をかけている現実が時々重たいのかもしれない。

お嫁さんが出て行った現実もその負債感に拍車をかけたに違いない。

だから、早く死にたい発言も本音だったらどうしようかなどとわたしも余計な事を考えてしまう。

 

お嫁さんが出て行った後は、姉と弟が通いで世話をしている。

日中はディサービスに出かけているが、事実上今は一人暮らしみたいなものだ。

ある日、母の家にいくと、はらはらと泣いていてびっくりしたと姉が話していた。

淋しいのだろう。

淋しいに決まっている。

母は案外淋しがりやだ。

幼い頃に両親と姉を亡くし親戚の家で育った過去があるから、

家族への思慕も依存も人一倍あるのだとわたしは勝手に分析している。

それよりもなによりも顔、体形、性格ともどもわたしが一番母親に似ている。

だから、わかる。

よくわかる。

 

弟は施設に入所させたい発言をし始めているらしい。

う~~ん・・・

出て行ったお嫁さんに嫌味のひとつもいいたいけど、今更なんの解決にもならない。

板ばさみの弟の気持ちもわかる。

 

「行ってあげたら」

夫がさりげなく言う。

「仕事はどうする?」

の問いに

「そやな、だけど親はひとりだよ」

「なにかがあった時後悔しないような決断をするべきかなあと・・・」

 

そんなことを言われても、わたしが自分の夫や家族と離れてまでしなければ行けない事なのか。

なんだかんだと言って娘との生活も始まったばかりだし。

ワンちゃんも来たし・・・

わたしだって淋しくなるに決まっている。

だけど、だけど・・・・

この気持ちの揺れ具合にどんな答えが正しいのかまるでわからない。

 

 

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