日々の小さな徒然を書き留めています。

2月の気温25度の島へ

 
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去った2月のある日、午前中パートの仕事を終えたその足で空港へ直行。

5ヶ月振りに田舎に帰った。

特に何の行事があるわけでもなく、ただ母親に会いに行くのだけが目的の里帰りだった。

 

その日は、店内売り場への品だし業務。

いつもは4時間半の仕事を30分早く上がる予定になっていたので、フル回転で仕事をした。

時間が来ると「お疲れ様」と一緒に「いってらっしゃい」の声をかけられ気分も上々で店を後にした。

そこまではよかった。

全て計画通りだった。

ところが外へ出た途端に膝に鈍い痛みが走った。

と同時に膝の側面に張るようなピーンとした圧迫感。

ダッシュで駆け出したのにたちまち撃沈。

その後は予定していた電車への乗り継ぎが上手くいかないわ、

駅の改札はまちがえるわの大混乱で時間をロスしまくり。

こういうときに限って色んなトラブルが重なるものだ。

 

わたしのチケットはホテル込み込みの格安ツアーチケットで飛行機の変更はきかない。

飛行機に間に合わなくなるのではと、冷や汗ものだった。

 

パート先から直行というのが愚考であったのは今更ではあったが、

二度とするものかとふてくされた。

案の定その後膝はさらに悪化。

実家にたどり着く頃には、ぱんぱんに腫れて痛くて往生した。

幸いに姉からロキソニン湿布をもらいぺたんと貼って何とか急場をしのんだ。

 

田舎は暑かった。

半そでの一枚も持っていかなかった。

持参した全ての衣服は全く役に立たず、南国生まれのわたしとした事がまたも不覚であった。

弟のシャツや姉の服のお世話になった。

4泊5日の滞在中は、そんなこんなで半そでの身軽さで過ごしていた為に、こちらに戻ってくる時、

今度は着ていったジャンバーをけっろっと忘れてしまった。

伊丹空港のバス乗り場で薄いブラウスとカーデガンだけの服装でブルブル震える愚か者がわたしだった。

行きも帰りも大騒動の帰省になってしまった。

 

実家の母親は車椅子生活だがとても元気にしていた。

いつも面倒をみてくれている弟夫婦が不在だったため、わたしは実家で寝泊りし、

母親の食事を作りディサービスへ送り出したり身の回りの世話をしたりして過ごした。

 

両親の介護の為に一緒に暮らしていたあの時と同じような時間と空間の中に身を置くと、

やっぱり亡くなった父のことやなんかが思い出された。

あの頃の父は仏壇の中の写真になった。

 

夜空の星も湿った南国の風もあの時と変わらないのに、

確実に過去へ過ぎてしまった時間だけは

弱弱しくそこに横たわっているように思えた。

 

 

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