家族に戻りたい

私の人生は「後悔」という二文字が着物を着て歩いているようなものだった。

 

何度も「生まれ変わりたい」と願い、

もう一度生まれ変われたのなら、100点満点の人生にする妙な自信がたっぷりあって、

今度こそ絶対に、失敗しない生き様ができるはずだと本気で思っていた。

失敗したものの特権で、二度と失敗をするわけがないと。

勝手な思いあがりだと気が付いたのは随分前だ。

 

生まれ変わりの人生などありえない。

確信を持って言える。

ならば与えられた庭で掬い上げられる小さな事を見つめながら生きていこう。

あきらめではないけれどそう思って日々暮らしていた。

 

人との出会いも別れもそう。

ボタンの賭け違いでその後の人生が急転したりはあっても、

やりなおしの出来る事は、やっきになって探し回れば探すほど遠のいていくものなんだと

諦めの境地で自分に言い聞かせ納得したふりも日常茶飯事だった。

 

こんなわたしだから、

苦しくて息がつまるような現実から簡単に逃げ出そうとばかりする。

 

 その度に「迷ってはいけない」と叱咤し

喜怒哀楽がジェットコースター並みに上下する感情をコントロールする大切さを説き、

「一生かかるかもしれないが母である事実があれば必ず溶ける」

と辛抱強く子供達との橋渡しをもしてくれる人がいた。

それが何年も前に別れた元配偶者であった事実を、

神様の配慮なくしてはありえないことのように感じていた。

 

 関西に戻ってもうすぐ3年になろうとしている。

子供達は大人になり社会人になった。

家族が離れてしまったことで、

元配偶者や子供達には計り知れない絶望と苦しみをわたしは与えてしまったわけで、

その負い目は簡単にはぬぐえないものだと思っている。

 

家族と離れていた時間を埋めるのに、一体どれぐらいの時間が必要なのかまだまだ見えない。

長い心の距離を薄紙で一枚一枚繋ぐように静かに同じ空間にいる。

 

家族に戻りたい。

その一心で。

 

元配偶者と離婚してから10年が過ぎた。

 

「今度こそ何があっても絶対に 離れないように」

「そしたら一生守ってやれるから」

2017年6月のある日、子供達を目の前にして

お互いに同じ相手と人生二度目の婚姻届を書き、先日、本籍地のある役所に提出した。

それぞれ住む場所は違えど、父親が居て母親がいて子供達がいる。

そんな当たり前な家族の風景の中に居る自分が不思議だった。

 

特に信心深いわけでもないのに

「神様ってほんとにいるんだ。仏様っていいことも悪い事もずっとみているんだ」

と思わずにはいられなかった。

わたしが与えてもらった溢れるほどの愛を、

こんどこそ夫や子供達に少しでも返せる自分になりますと神様に誓った。

気負わず焦らずありのままで・・・

 

 

雨が降っている。

 今日は、遅番。

出かける時間まではまだ少しある。

小雨になってくれるといいが・・・

 

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