わたしに触れないで~

自転車置き場の柵の向こう側に並べられたシンプルな素焼き鉢。
濃いエンジ色の鳳仙花が咲いていた。
地味な花のイメージが強いのでこんなに沢山植えられているのを余り見かけない。
珍しいなあと思いつつ、自転車を停めるわずかな時間の楽しみで眺めたりもしていた。
が、花が終わりいつのまにか土だけになっていた。
ところが、あれよあれよという間にびっしりと鳳仙花の芽が吹き出した。
鳳仙花はとても強い花で繁殖力も半端ではない。
おおきな蝶の幼虫が陣取っていたりでなかなか個性的な花だ。
驚異的な繁殖で、
零れ種から勝手に生えてきたのだろうと思っていたが、鉢植えには絶対に水が要る。
それにこのところの暑さは尋常ではない。
誰が育てているのだろうかとかそんな事が気になり始めていた。
そんなある日、
70代の後半か80代になったばかりの年恰好の男性が一人、その場所で熱心にスコップで土を耕し、
びっしりと生えている苗を広げていた。
お年寄りの男性?
意外だった。
いつもの悪い癖で金網越しなのについ声をかけてしまった。
「鳳仙花ですよね」
「綺麗に咲いていたのをずっと楽しませてもらってました」
・・・とその方は、
「要る?」
「沢山あるからあげるよ」「なんなら一鉢持っていくかい」
飴玉1個でも手渡す気軽さで立派な素焼きの鉢のひとつを指差した。
いえいえとんでもない。
恐縮して断わる意外に術を知らない。
すると、
ざっくりと一番立派な苗のかたまりの所にスコップを入れ10本ぐらい掘り起こして、
「はい」と差し出してくれた。
さあ、大変、わたしはリュックの中をひっくり返し、非常用のカットバンを入れていたビニル袋を空にしてぐるりと柵の向こう側に一目散。
ありがたく苗をいただいた。
聞けば毎年種を沢山取って次々と育てているという。
沖縄出身の知人に種をもらったのが始まりという四方山話も聞かせてくれた。
もらったはいいが、これからわたしは仕事だ。
ビニルに入れてもらった鳳仙花は自転車のカゴの中で留守番してもらい出勤した。
夜勤明けの昨日、一晩かごの中でおとなしくしていた鳳仙花はことのほか元気だった。
ふらふらの身体に染み入るようなみどり色が嬉しかった。
家に連れて帰り、ミニトマトの後の鉢に植え替えた。
移植は嫌いな花のようだけどきっと元気に育つだろう。
花言葉
「わたしに触れないで」とか。。
今は、わたしの小さな花園の一員にちんまりと納まっている。


