港町神戸


港町神戸、
懐かしい街に帰ってきた。
 

フラワーロードと名づけられたメインストリートでは、

ハンギング仕立てにされた季節の花が集いススキが手招きしていた。

この街でこの空気の中で過ごした日々があった。

右に左にキョロキョロして、あの時に見た風景を探した。

 

震災を機に街は大きく様変わりし、かつての面影を見つけるのは簡単ではなかった。

それでも、、うんうんこんな感じだとうきうきしていた。

 

街を行きかう人々は、

ずっとこの街を歩いていたような気がするがそんな事はありえない。

時は確実に二十数年を経ているわけで、

急ぎ足のあのサラリーマンは、よちよち歩きの赤ちゃんだったはずだ。

郊外学習の集団の高校生とて、まだ誰一人としてこの世に存在していない。

 

三ノ宮、元町、北野・・・どんどん歩いていった。

幼い子供達の手を引き、小さな歩幅で歩いた街だった。

部屋に戻るのに時間がかかってしかたがなかった。

遠かった。あの頃は、なんて広い街だと思っていた。

それが、今日は嘘みたいに小さく感じる。

 

小さな部屋で家族で身をすり寄せるようにして暮らしていた。

部屋は決して綺麗ではなくはっきり言えばボロだった。

でも、庭があった。

子供達が走り回るのに充分な空間があった。

 

とげとげのみかんの木にはアゲハチョウが卵を産み、青虫が育ちさなぎになっていった。

夏には、蝉の脱皮が見たくて早起きした。

塀ひとつ隔てた隣の住人が大事に育てているキキョウのつぼみを、パッチンパッチとつぶして怒られた。

綺麗な花をつんでままごとだと並べては得意げに遊んでいた。

その度に頭を下げて回った。

 

そんな懐かしい記憶が、そこに残っているものだとばかり思っていた。

曲がり角を曲がった途端に、突然と目の前に現れた巨大な高層マンション。

かつての空気も記憶も全て覆いつくして、デンとそびえたっていた。

 

少しの無駄が無いように、精密にデザインされた最高傑作の建物の隅っこに、

アゲハチョウが卵を産みにくるようなみかんの木はあるわけもなく、

無くしてしまった時間を「どうよ」と見せ付けられた気がした。

涙ばかりがどうしようもなく流れてきた。


成長した子供達がいるわけだし、年齢を重ねた自分がいるのだから、

変化というのはごく当たり前のことなのに、

それが、どうしてこんなに受け入れがたいのかが不思議だった。
 

私は心の中に何十年も前の神戸の街を暮らした場所をそのまま

幼い子供達と一緒に、真四角に切り取ってしまいこんであったのだ。

過去はもう無く未来はまだない。

あるのは今のこの時だけ。
 

わかっていてもこのままずっと、

永遠に色あせしないこの街の空と海と、同じ色の額縁にいれておきたいと思った。
 

そして、過去への執着と言われても、
時々取り出しておいおいと泣く自分を見ていた。


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