生き方は怖いぐらいに顔にでる。

昨日は日曜日。

日曜日は毎週出勤になる。

いつものように自転車で最寄り駅まで走った。

肌寒さと金木犀のほのかな香りがする日曜日の朝の道は、しんとして静かだった。

 

電車もがらがらで、好きな座席に座り放題。

4人がけのボックスシートの窓際に座った。

スマホを取り出し、勤めている自店の広告をチェックした。

広告を見ると今日の作業内容がほぼ100パーセントわかる。

わたしには、出勤中の大事な一幕だ。

 

途中の駅で親子らしい二人連れの女性客が乗ってきた。

わたしの座っているボックス席の向かい側に座り、なにやら話し始めたが、

熱心に広告を見ていたので、向かい側の席のお二人さんの顔も

話の内容もまるで耳に入ってこなかった。

二駅過ぎたぐらいでスマホをバックに仕舞い顔をあげようとすると、

「失礼ですけど、○○さんではないですか」

と声をかけられた。

びっくりして声のする方と見て思わずこちらも

「えっ!Kさん」

すぐにわかった。

なんと、約20年ぶりぐらいの再会になろうか。

 

20年は半端な時ではない。

おぎゃと生まれた子は20歳の成人になっているし、

桜の木も20年も経てば抱えるほどの大木に育ち溢れるほどの枝葉を広げる。

なのに人って案外変わらないものだ。

 

末娘が幼稚園に入ったのを機にわたしはパートに出た。

Kさんはその一番最初のパート先で一緒だった同僚さんだった。

その頃も青果部門で働いていた。

6,7人ぐらいパートさんが居て、みんな物凄く仲良くなった。

同じスーパーの他部門や管理職さんからは「NOSAN’S」と呼ばれるほどだった。

それこそ春は子連れでお花見、

月一で夜は飲み会・・・。

田舎育ちのわたしは、自分と同じ年ぐらいの女の人がぐいぐいビールを飲む姿をこのとき初めて見た。

いかに狭い世界で生きてきたかがわかるだろう。

でも、楽しかった。

みんな優しくてそして助け合って仕事をしていた。

残念ながら、ママチャリで往復1時間10分の通勤が辛くて半年ほどで辞めたが、

最高の職場だったなあと時々懐かしく思い出すこともある。

 

Kさんはあの頃のまんまだ。

細身で顔が小さくてきゃしゃな感じはするが、弱弱しさはなく・・・

穏やかな笑顔も変わらず、傍らに座っている娘さんもにこにこ笑顔が眩しかった。

きっと、絵に描いたような幸せさに包まれて今に至るのだろうなあと思った。

 

わたしはというと、離婚して再婚して・・・と今は落ち着いているつもりだが色々とあった。

Kさんの目にわたしはどんな風に映ったのだろうか。

数駅を通り過ぎただけの何分間で20年分を語るのは出来ないが、

会った瞬間の一瞬で時は繋がるものだ。

今さら、取り繕うものではないが敢えて告白するものでもない自分のここ10年分のできごとが

さっと蘇えりそして消えていった。

 

再会して嬉しい人間関係が自分にもあった。

それがこんなに心踊るものなんて思いもよらなかった。

神様はなんて粋な計らいをしてくれるものだろうかと、

自分の都合よくかもしれないが、そう思わずにはいられなかった。

しかも、通勤電車の中。

それはまるでドラマのようでていねいに予定されていたストーリーのような気がした。

 

50代後半。

わたし達は、人生のセカンドステージのまさに真っ最中を生きている。

歩いて来た足跡は、忘れ去られていくものではなくて、

こうやって胸の隅っこに大切に折りたたまれているものなんだと思った。

 

沢山の人間関係はいらないけれど、これからも時を経て思い出す時に、

こんな感じの出会いがまたひとつふたつでもあればいいなあと思った。

 

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